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最低賃金、カスハラ対策、試算表、ホームページ。10月、貴院は大丈夫ですか?──動物病院のバックオフィスDXは「導入した後」で差がつく

最低賃金、カスハラ対策、試算表、ホームページ。10月、貴院は大丈夫ですか?──動物病院のバックオフィスDXは「導入した後」で差がつく

10月から、最低賃金が上がりました。スタッフの時給は大丈夫ですか?受付やパートの動物看護師さんだけでなく、手当の組み方によっては正社員の給与も、改定後の基準を満たしているか確認しましたか。

10月から、カスハラ対策が事業主の義務になりました。準備はできていますか?会計のときに「説明と違う」「こんなに高いとは聞いていない」と声を荒らげられたら、誰がどこまで対応し、どの時点で獣医師や院長に引き継ぐか。決まっていますか。

試算表は、タイムリーに確認できていますか?「試算表が出てくるのが三か月後で、いまの経営状況が掴めない」「質問をしても、顧問税理士からの返答が遅い」。そんな状態になっていませんか。

ホームページに、いまどき何十万円もかけていませんか?リニューアルや手直しのたびに制作会社に見積もりを頼み、そのたびに少なくない金額を払っていませんか。

どれか一つでもドキッとしたなら、この記事は貴院のためのものです。

動物病院のバックオフィス改革は、たいてい三つ目の不満、つまり「試算表が遅い」から始まります。「それならクラウド会計を導入して、院内でタイムリーに数字を把握しよう」という話になり、クラウドに明るい税理士を探し、自計化へ進む。多くの病院がこの道をたどります。

ただ、この四つは別々の問題に見えて、根っこは同じです。外部からの連絡を待ち、言われた範囲で対応する。この構造のままだと、制度が変わるたびに後手に回ります。最低賃金は毎年改定されますし、法改正もこれで終わりではありません。

一方で、いい知らせもあります。記帳や勤怠集計、給与計算、ホームページの更新といった「作業」は、いまやクラウドツールと外部サービスの組み合わせで、かなりの部分を置き換えられます。費用は下がり、スピードは上がりました。外部からの連絡を待つ側から、院内で数字と判断を握る側へ。いまは、動物病院のバックオフィスにとって変わるチャンスです。

ただし、ここでもう一つ問いがあります。

そのDX、元は取れますか?

ツールを入れて作業が楽になっても、それだけなら月々の固定費が増えただけです。空いた時間とお金を、診療の質や人材の採用と育成、飼い主さまとの関係といった、代わりの効かない仕事に回せたときに、はじめて投資は回収できます。そして実は、効率化がうまくいった病院ほど、その先で思わぬ壁にぶつかります。

この記事では、まず何をどこまで効率化できるのかを整理します。そのうえで最後に、その「壁」の正体と、壁を越えた先で院長先生の判断がどう変わるのかをお話しします。

最低賃金とカスハラ──10月の「宿題」に、貴院は自分から動けますか

2026年10月1日、改正労働施策総合推進法が施行され、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策が事業主の義務になりました。求められるのは、方針の明確化と周知、相談体制の整備、そして実際に起きたときの対応手順です。あわせて、2026年度の地域別最低賃金は全国加重平均で1,177円となり、前年度から56円引き上げられました。発効日は都道府県ごとに異なり、10月以降、順次発効します。

動物病院は、どちらの影響も正面から受ける業種です。ご家族同然の命を預かる現場ですから、飼い主さまの不安や動揺が強い言葉になって、受付や動物看護師に向くことがあります。治療の経過や費用への不満、待ち時間、長時間の電話、口コミサイトへの書き込みも、よく聞く話です。また動物病院は労働集約型ですから、最低賃金の改定は人件費全体の設計に直結します。

ここで一点だけ、確認していただきたいことがあります。

この二つについて、貴院は自分から動ける体制になっているでしょうか。

手続きの代行を中心とした契約であれば、届出や規程の改定が正確に処理された時点で、社労士の先生の仕事は果たされています。「貴院の場合、受付でこういう場面が起きやすいので、対応手順はこう作りましょう」「賃金改定を機に、等級と評価の設計も見直しませんか」といった話が出てこないのは、契約の範囲の問題です。

問題は能力ではなく、依存の構造です。制度が変わるたびに外部からの連絡を待つ体制だと、対応は常に後手に回り、しかも「言われた範囲」で終わります。

逆に、クラウド勤怠と給与計算が院内で回っていれば、「改定後の基準を下回るスタッフが何名いるか」はその場で分かります。事実と判断の主導権が院内にあるので、「こう改定したいが、法的な不備はないか」と主体的に相談できます。日常の集計は院内で完結させ、社労士の先生には制度設計と個別のトラブルという、判断の要る領域に集中していただく。これが双方にとって健全な形だと思います。

Q. カスハラ対策は、何から始めればよいですか。
方針の明文化と周知、相談窓口の設置、対応手順の整備が基本です。動物病院では受付と動物看護師が最初に矢面に立つので、雛形をそのまま使っても機能しません。実際に起きた場面を三つほど書き出してみてください。たとえば、会計時の費用への不満、治療の経過への不満、長時間の電話です。それぞれについて、誰がどこまで対応し、どの時点で獣医師や院長に引き継ぐかを決めておくと、現場が動けるようになります。治療前の説明と同意の取り方を整えておくことも、トラブルの予防になります。

試算表が「三か月後」から「翌月初」へ──自計化で何が変わるか

自計化とは、日々の会計データを自院で入力し、月次の数字を自分たちで把握できる状態にすることです。記帳代行を丸ごと委託している状態から、一歩進めるわけです。

変わることは、大きく三つあります。

一つ目は速さです。2、3か月遅れで届いていた試算表が、翌月初には手元にあります。医療機器の更新、人員配置、料金改定といった判断の質は、この時間差だけで変わります。

二つ目は費用です。記帳代行の手数料は下がります。ただし院内の入力工数は増えるので、差し引きの試算は必要です。電子カルテやレセコン、キャッシュレス決済のデータをクラウド会計と連携させれば、入力の手間はかなり減らせます。規模によっては、金額面のメリットは大きくないこともあります。

三つ目は、自院の数字の成り立ちが分かるようになることです。これがいちばん大きい変化です。どの費目が何で構成されているかを自分たちで触っていると、数字が実感を伴って見えてきます。

Q. 自計化すると、顧問税理士は不要になりますか。
いいえ。税務申告は専門性の高い領域で、引き続き専門家に依頼すべきです。変わるのは関係の中身で、記帳代行の委託先から、税務の相談相手へと役割が移ります。同じ顧問料でも、相談の質が上がることが多いです。

ホームページは「買うもの」から「育てるもの」へ

以前は、制作会社に数十万円を一括で払い、更新のたびに費用が発生する形が主流でした。いまは月額制のサービスやAIを使った制作ツールが普及し、初期費用を抑えて、自院で更新できる形が選べます。オンライン予約やGoogleビジネスプロフィールとの組み合わせも、以前よりずっと手軽になりました。

ここで重要なのは、削った費用をどこに回すかです。動物病院のホームページには、飼い主向けと求職者向けという二つの役割があります。そして労働集約型のビジネスでは、後者の重みが年々増しています。診療案内のページの体裁を整えることより、採用ページに一枚、実際に働くスタッフの声を載せるほうが、経営への効果が大きいこともあります。

それでも、DXが形骸化する病院があります

ツールを入れたのに何も変わらなかった、という例は珍しくありません。共通点は、はっきりしています。

一つ目は、誰が何のために使うかが決まっていないことです。導入は決まったものの、入力する人、出てきた数字を見る人、それをもとに判断する人が決まっていない。その結果、誰のものでもないデータが溜まっていきます。

二つ目は、現場が運用しないことです。これまでの手作業が残ったまま新しい仕組みが乗ると、二重入力になります。診療の合間の限られた時間でそれを続けるのは難しく、現場は必ず楽なほうに戻ります。

三つ目は、数字を判断に使う習慣がないことです。月次が早く出ても、見て終わりなら、遅いのと変わりません。

この三つがそろうと、月額の固定費だけが積み上がります。DXの成否は、たいていツール選びではなく、その前の設計で決まっています。

Q. 導入したツールが使われていません。入れ替えるべきでしょうか。
入れ替える前に、これまでの手作業が並行して残っていないかを確認してください。二重になっている作業を止めるだけで動き出すことが多く、その確認をせずに乗り換えると、同じことが繰り返されます。

効率化の先に待つ「壁」の正体

さて、ここからが本題です。

こうした効率化がうまくいくと、数字が早く、正確に出てくるようになります。すると、ある問いが表に出てきます。

「で、この数字をどう読むのか」

これまでは試算表が2、3か月遅れていたので、この問いに向き合わずに済んでいました。届いた頃には状況が変わっているので、見ても仕方がなかったのです。遅れがなくなった瞬間に、数字を読む人がいないことが見えてしまいます。

次のような兆候が出ていたら、この段階に入っています。月次試算表は出ているが、見て終わりになっている。経費が前年より増えていることは分かるが、それが投資なのか無駄なのかを判断する基準がない。料金改定をしたいが、いくら上げれば来院数が多少減っても大丈夫なのか分からない。分院展開や大型設備を検討しているが、何の数字を見て決めればいいのか分からない。スタッフに数字を共有したいが、どこまで開示すべきか決められない。

これは失敗ではありません。ツールは正しく動いています。効率化が効いたからこそ現れる副反応であり、次の段階に進んだ証拠です。

DXを導入した後の本丸は、数字を経営判断に翻訳する工程です。正直に言えば、ここから先がいちばん難しいところです。

ただ、その壁を越えた先には、まったく違う景色が待っています。

料金改定の価格を「近隣の病院がこのくらいだから」ではなく、「この価格なら、来院数が多少減っても利益は残る」という根拠をもって決められるようになります。獣医師や動物看護師の昇給も、気持ちや勢いではなく、数字の裏付けをもって約束できるようになります。高額な医療機器の導入や分院の開設も、「いけそうな気がする」ではなく、「この条件がそろったら踏み切る」と自分で線を引けるようになります。金融機関には、借りたお金をどう回収するのかを、自院の数字で説明できるようになります。幹部やスタッフに数字を見せて、「この売上なら、みんなの待遇はここまで上げられる」と話せる病院にもなれます。

数字が、決算や申告のたびに眺める「結果」から、次の一手を選ぶための「道具」に変わる。院長先生が診療の合間に一人で抱えていた経営の不安が、根拠のある判断に置き換わっていく。DXへの投資が本当に回収されるのは、この段階です。

そのために知っておきたいのが、「会計」の中身です。税務会計、財務会計、管理会計。「会計」という一語で呼ばれているこの三つは、実務上まったく別物で、必要な専門性も違います。この話は次回以降にお話しします。

今週、手をつけるなら

その段階にたどり着くための最初の一歩は、意外と地味です。バックオフィス業務の棚卸しから始めます。

紙を一枚用意して、記帳、請求、給与計算、勤怠集計、各種届出、ホームページ更新、予約対応といった業務を書き出します。それぞれに「誰がやっているか」「月に何時間か」「外注費はいくらか」を書き添えてください。三十分ほどの作業ですが、これをやると、どこが効率化の対象で、どこが人でなければならない仕事かが、かなりはっきりします。

浮かせた時間とお金をどこに回すか。それを決めるのは、そのあとです。

棚卸しをしてみて、「どこから手をつけるべきか分からない」と感じたら、初回相談でご一緒に整理します。オンラインまたはお電話で、90分・無料です。いまの顧問の先生との契約は、そのままで構いません。 ▶ 初回相談のお申し込みはこちら

よくあるご質問

Q. 動物病院の自計化は、どこまで進めるのが理想ですか。
仕訳入力、勤怠集計、給与計算は、院内で完結できる水準が現実的な目標です。税務申告と労務の制度設計は専門家に残します。判断の基準は「正解が外部にあるかどうか」です。正解がある業務は仕組み化でき、正解がない業務は人が担います。

Q. 試算表が遅い顧問税理士は、変更すべきでしょうか。
変更ありきではありません。見るべきは、試算表が翌月中に出るか、クラウドでの自計化に協力的か、節税以外の相談に応じてもらえるか、の三点です。地域の事情や人間関係で変更が難しい場合は、税務申告は現在の先生に任せたまま、財務や管理会計だけを別の専門家に依頼する切り分けもできます。

Q. 小規模な病院でも、自計化する意味はありますか。
あります。ただし金額のメリットは限られるので、目的は「数字が早く手元に来ること」に置いてください。規模が小さいほど、一つの判断が経営に与える影響は大きくなります。

Q. 院内に事務スタッフがいません。それでも可能ですか。
ここが最初の関門です。院長が入力を引き受けると、診療というコア業務が削られます。時給に換算すれば、これほど割に合わない配置はありません。かといって事務専任の採用となると、年商1〜2億円規模でもためらう院長が多い印象です。

一つの解決策は、受付の採用方針を変えることです。受付をパートの早番・遅番で埋めるのではなく、受付と事務を兼務する正社員を一名採用します。パートの勤務時間の合計によっては、社会保険料を含めてもほぼ同じ人件費で、院内に事務の機能が生まれます。受付に人がいる時間帯の組み方は変わるので、シフトとあわせて試算してください。目先の人件費を抑えてパートだけで回し続けると、いつまでも事務の担い手が育ちません。数年後に「院長以外、誰も数字を触れない病院」として残るのは、こちらです。

採用が難しい時期は、まず週に一度、曜日と時間を固定して入力の枠を確保してください。「手が空いたときに」という運用は、まず続きません。

Q. 効率化で浮いたお金は、何に使うべきですか。
動物病院は労働集約型ですから、投資の柱は設備以上に人材です。採用ページ、教育体制、待遇。ここに回して人が育ち定着すると、そこから回収が始まります。ただし優先順位は病院ごとに違い、それを決めるには次回以降でお話しする管理会計の視点が要ります。

著者プロフィール

金子男也|株式会社フクノカミ 代表取締役

経営コンサルタント歴は1997年から。動物病院の経営支援には2002年より従事し、20年以上にわたり業界の現場に関わる。大手経営コンサルティング会社に23年在籍し、上席コンサルタントの昇格基準を達成、社内功労賞を受賞。2021年より現職。著書2冊。かつては年間百数十回の出張を10年以上重ね、机上の空論ではない「現場起点の経営判断支援」を信条とする。バックオフィスDXの設計から財務戦略、管理会計、幹部の合意形成までを一貫して手がける。