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動物病院の生産性を高める人材戦略|「アリとキリギリス」で考える信賞必罰の経営

動物病院の経営において、「生産性の低いスタッフをどう扱うか」は避けて通れない課題です。本稿では、労働基準法や世界競争力ランキング、東京商工リサーチの最新データを踏まえながら、童話『アリとキリギリス』を通じて、動物病院の経営者が持つべき人材戦略の原理原則をお伝えします。

どんな職業にも、生産性や競争力といった概念がついて回ります。獣医師、動物看護師、ビジネスパーソン、アスリートなど、職業人はそのパフォーマンスで評価されます。

本田圭佑氏の発言と、世界競争力ランキングが示すもの

サッカーの元日本代表で、現在シンガポール・プレミアリーグのFCジュロンに所属する本田圭佑氏が、サイバーエージェント代表取締役会長・藤田晋氏との対談で、「マジで労働基準法は腐ってると思う」と語ったと報じられました。

過激な物言いではありますが、その背景には次のような客観的データがあります。

スイスのビジネススクールである国際経営開発研究所(IMD)は2026年6月18日、世界競争力ランキングを発表しました。上位は1位シンガポール、2位香港、3位スイスで、いずれも従業員の解雇が比較的柔軟に認められている国・地域です。プロスポーツ選手のように「いつ戦力外通告を受けてもおかしくない」という緊張感のある環境が、結果として生産性や競争力の高さにつながっている――そう読み取ることもできます。

では、日本はどうか。かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と称された日本ですが、直近は30位。前年の35位からは改善したものの、長らく30位台で低迷しているのが実情です。

日本の雇用慣行と、増え続ける「攻めのリストラ」

要因はさまざまですが、その一つに「一度採用すると、どれほど成果の乏しい社員でも簡単には解雇できない」という日本の雇用慣行が挙げられます。

いつ戦力外を告げられるか分からない立場に置かれた人は、自ずと自己研鑽に励み、競争環境に適応しながらキャリアを磨いていきます。本田氏の発言は、まさにそうした世界で生き抜いてきた(生きている)人間だからこその警鐘なのでしょう。

労働基準法に守られ、ハードワークすれば「ブラック企業」と揶揄され、互いに空気を読み合い、生産性の低さから目をそらし続ける。それでは日本の競争力は下がる一方です。ぬるま湯に浸かり、ゆで蛙のように気づかぬうちに骨抜きにされれば、やがてワーキングプアに陥り、幸福からも遠ざかってしまう。本田氏の主張には、それなりの一理があると思います。

一方で、ストイックな働き方を避け、仕事もほどほどに、快楽を優先して生きるのも個人の自由です。ただし、自由と責任はワンセットです。

童話「アリとキリギリス」で、飢えと寒さを訴えるキリギリスをアリは助けません。「君は夏のあいだ遊んでばかりいたじゃないか」という理屈は、まさに自己責任論そのものです。勤勉さや自制を欠いた者は自らその結果を引き受けるほかない――冷徹ではありますが、これも社会の一面の真理でしょう。キリギリスは退場である。

労働基準法の保護があるとはいえ、日本でもリストラを進める企業はじわじわと増えています。東京商工リサーチの調査によると、2025年度に「早期・希望退職募集」が判明した上場企業は46社(前年度51社)。募集人数は2万781人で、前年度(8,326人)の約2.5倍に急増しました。しかも、その約7割は黒字企業です。黒字でも人員整理に踏み切るのは、資力・体力のあるうちに組織を再構築しておこうという、いわば「攻めのリストラ」に他なりません。

動物病院の経営者は「キリギリス型スタッフ」にどう向き合うか

では、動物病院の経営者は、どう考えればよいのでしょうか。

結論から言えば、生産性の高い人材を集め、育て、定着させ、組織としての競争力を高めていくことに尽きます。「仕組み」で人を育て、生産性を上げるべきことは、過去の記事でも繰り返しお伝えしてきました。

それらに取り組み、経営者としてどんなスタッフにも寄り添って育成をサポートするのが大前提です。しかし、それでも埒が明かないキリギリス型スタッフの場合、その人が活躍できる職業や職場は他にあるだろうと判断し、最終的には然るべき方法で退いてもらうのも合理的な判断です。どんな会社も、大手企業のような攻めのリストラができるわけではありませんが、事業は慈善事業ではありません。生産性の上がらないスタッフを抱え続けるにも、限界があるのです。

人員が減れば一時的に手が足りなくなるかもしれませんが、動物病院には応召義務があるため、トリミングのように予約そのものをお断りするわけにはいきません。予約を交通整理することでキャパシティを超える予約はトリアージするしかありません。緊急性の高い症例を優先し、待てる予防・定期的なケアは日程を調整する。そうやって限られた人員で診療の質を保ちながら、生産性の高いスタッフを補充できてから、時間管理を徹底しつつ、受入れ頭数を段階的に増やしていく。こうして「アリ型」の勤勉なスタッフを厚遇し、信賞必罰を貫くことで、事業は着実に成長し、動物医療全体の質の向上にもつながります。

効率と生産性を追いすぎない――『モモ』の教訓

もっとも、効率と生産性だけを過剰に追い求めると、ミヒャエル・エンデの『モモ』が描いたように、時間泥棒に急き立てられ、心のゆとりを失った職場になってしまい、いずれ人も組織もすり減らせてしまいます。アリのように勤勉であれ――しかし、ゆとりある時間の使い方まで手放してはいけない。ここに、経営の匙加減の難しさがあります。

一般的な医療従事者の生産性を100とすると、繁忙期である春の予防シーズンは100を超えるかもしれませんが、閑散期の1〜2月は100を下回り、病院全体の生産性が年間を通して100近くであればOKです。年間を通して130をやれというのは、医療ミスや離職リスクの面で危険でしょう。しかし、継続的に65程度しかやらないというのは、単なるサボタージュです。

「勤勉さ」と「ゆとり」の両立とは

「アリのように勤勉であれ――しかし、ゆとりある時間の使い方まで手放してはいけない。」というのは、診療や処置の時間を効率化しつつ、浮いた時間で接遇やチームワーク、症例の振り返りを強化することだったりします。

ちなみに、生産性の目安を100とするのか、90でよいのか、110必要なのかは、その病院によります。経営者が自由に決められます。

人情経営とドライ経営のバランス――信賞必罰の本質

とはいえ、「人情として、そこまでドライな経営はできない」という経営者もいらっしゃるでしょう。キリギリス型のスタッフに手を差し伸べること自体は、もちろん自由です。ただしその場合、事業を継続できるだけの体力が前提になります。現預金残高は月商の何か月分ありますか。夏・冬の賞与を、スタッフにきちんと支給できていますか。経営はきれいごとだけでは成り立ちません。ここを取り違えないことが肝要です。キリギリスに手を差し伸べる余裕があるのなら、まずはアリをさらに優遇する。それこそが信賞必罰の経営です。賞与の決め方や、信賞必罰の具体的な進め方は、別記事「動物病院の夏のボーナス、いくら支給するのが正解?業績連動型賞与の設計と原資の作り方」で詳しく解説していますので、併せてご参照ください。

三方よしの正しい解釈――売り手よし、が第一

最後に、経営の原理原則を整理しておきます。近江商人の「三方よし」に象徴されるように、顧客や社会への貢献は確かに重要です。ただし「三方よし」の順序は、①売り手よし、②買い手よし、③世間よし、です。まずは自社の経営をしっかり軌道に乗せ、余力が生まれてから、患者様やその飼い主様(買い手)、そして業界(世間)のために尽力する。これこそが「三方よし」の正しい解釈であり、正しい経営のあり方なのです。

経営の原理原則を見失うことなく、タフで、クールで、そしてヒューマンタッチに繁盛を実現されますよう、心よりお祈り申し上げます。

動物病院経営者へのまとめ

本記事の要点を整理します。

・世界競争力ランキング上位国(シンガポール・香港・スイス)は雇用の流動性が高く、日本は30位で低迷している
・2025年度の上場企業の早期・希望退職者は2万781人と前年比約2.5倍、うち約7割は黒字企業による「攻めのリストラ」
・動物病院においても、生産性の低いスタッフを抱え続けることには限界がある
・応召義務のある動物病院では、予約のトリアージによって診療の質を保ちつつ人員整理を進める必要がある
・「三方よし」の正しい順序は、①売り手よし、②買い手よし、③世間よし。まず自社の経営基盤を固めることが先決
・経営者が問うべきは「現預金残高は月商の何か月分か」「スタッフに賞与を支給できているか」

信賞必罰の経営を貫きつつ、心のゆとりも失わない――このバランスこそが、動物病院経営の要諦です。