「求人を出しても応募が来ない」「採用してもすぐ辞める」。多くの院長がこの2つに悩みます。これを根治しようと思ったら、どうすればよいのでしょうか。現場では、ついつい表面的な”募集の巧拙”に注力してしまいます。しかし、それは対症療法に過ぎず、「採用してもすぐ辞める」を繰り返してしまいます。コンサルティングの現場で実感するのは、むしろ、その手前にある「準備」——組織の設計図の有無が、根治の為のポイントではないだろうかということです。本稿では、夏から始める人員計画を、組織論という土台から根本的に検証します。
夏に本稿をお読みいただくのは、なかなかタイムリーではないかと思います。理由は以下の通りです。
夏休みは獣医科の学生等が実習やインターンで活発に動く時期です。将来の人材を見極める「青田買い」の好機といえます。
また、中途の即戦力は、春の繁忙期は誰もが目の前の業務に追われますが、それがひと段落し、お盆の帰省で人生設計を考えるうちに「秋に転職しようか」と動き出す傾向です。即戦力が市場に出てくるのは、主に夏以降でしょう。
では、採用を成功させるコツは何か。いきなり募集を始めることではありません。まず人員計画を立てることです。どの職種に、どれくらいの能力の人材を、何人、いつ迎えるのか。ここを明確にするのが出発点です。
そして、良い人員計画には土台が要ります。「自院をどんな組織にしたいのか」という組織論です。本稿は、組織論という土台、採用実務という表面、の順で進めます。
1. 土台となる組織論 —— あなたの病院は「共同体」か「機能体」か
組織には2つの型があります。社会学者テンニースの言葉で「共同体組織(ゲマインシャフト)」と「機能体組織(ゲゼルシャフト)」。堺屋太一の訳です。
共同体組織は、”仲間のため”にある組織です。町内会やPTA、趣味のサークルがこれにあたります。方針は原則、全員一致。団結力は強いのですが、裏を返せば「仲良しクラブ」に陥りやすく、それが成長の足かせになります。
機能体組織は、”目的のため”にある組織です。企業がこれにあたります。目的のために役割分担と指揮命令系統を整え、目的が消えれば解散します。成果は出やすい一方、ドライで「いざというとき踏ん張りがきかない」弱点があります。
大切なのは、どちらが正解かという話ではないことです。動物病院は営利団体であり、企業体です。開業初期は共同体を軸足にしても、成長とともに機能体を足していく。問題は”どちらか”ではなく、”配合”です。
2. ブレンドを誤らないために —— 「One for all」の落とし穴
「私が前に頑張ったんだから、次は配慮してよ」「それ、私の仕事じゃないので」。
助け合いが”恩”や”借り”を生み始めた瞬間、組織のエネルギーは患畜や飼い主様ではなく、内部の人間関係の調整に吸われていきます。結果、医療品質も接遇も、採用も定着も悪くなる。助け合いが「感情の貸し借り」になると、現場は弱くなるのです。
この落とし穴は、「One for all, all for one」の解釈を一歩間違えたときに生まれます。「ひとりはみんなのために、みんなは『ひとり』のために」。この言葉そのものは美しいのですが、医療現場でこの”ひとり”を個人と読むと、組織は歪みます。
だから、軸を置き換えます。
「ひとりはみんなのために、みんなは『勝利(ゴール)』のために」
「役割分担」と「情緒的な平等」を混同しない。この一点が、次章の議論の前提になります。
3. 役割分担の核心 —— 獣医師の時間を「診療・判断・学習」に寄せる
チームの大原則を、ひとつだけ挙げます。
獣医師の時間は「診療・判断・学習」に寄せる。
念のため申し添えます。清掃・補充・滅菌・在庫管理は、医療安全の土台であり、決して軽い仕事ではありません。だからこそ、それを専門に担う動物看護師やケアスタッフが不可欠です。その前提のうえで、なお獣医師の時間は守る、という意味です。
若手の代診であっても、文献を読み、症例を振り返り、手技を磨き、診断推論を言語化する。この時間が削られると、病院の医療品質は数か月〜1年単位で静かに低下します。「忙しいから仕方ない」が常態化したとき、削られているのは病院の将来そのものです。
理由は明確です。診療を考え続けている獣医師に「掃除」を割り込ませることは、脳のスイッチを強制的に切り替えさせる行為です。集中が途切れ、ヒヤリハット(医療過誤)のリスクが上がります。
ただし、これは理想のバランスが整っている場合の話です。看護師の人数が足りない、採用が追いつかない過渡期、緊急時。こうした局面で職種を超えてカバーし合うのは、立派なチームワークです。問題は「それが常態化していないか」の一点に尽きます。
もし現場に「本を読んでいるなら掃除を手伝って」「勉強は家でやって」という空気があるなら、誰かが悪いのではありません。役割設計が曖昧になっているサインです。
そして「あの先生だけ掃除をせず楽をしている」という声が上がったとき、それを冷静に受け止められるか。その先生は楽をしているのではなく、役割を全うしています。それを”楽”と誤読しているだけなのです。
獣医師は診断と治療に、看護師・スタッフは環境とケアと飼い主様とのコミュニケーションに、互いがプロとして全力を注ぐ。整えるべきは「誰が偉いか」でも「みんなで同じ苦労をしよう」でもありません。勝利——最良の医療提供と健全経営——のための、最適な役割分担です。
4. 強い「機能体組織」をつくる —— 反対意見を”資源”に変える
専門性の高いメンバーが揃うほど、組織は機能体組織に近づきます。各人がプロとして自律的に動く集団では、指導者が「俺の言う通りにやれ」と統率しようとしても機能しません。現場にそぐわない指示や精神論が上から下りてくると、最も優秀な人材ほど違和感を抱き、静かに離れていきます。強豪スポーツチームでも、ベテラン勤務医を抱える動物病院でも、構造はまったく同じです。
鍵は、トップダウンからボトムアップへの発想転換です。そして、ボトムアップの機能体組織を支えるのが、信賞必罰の経営文化とオープンブックマネジメント(OBM)の”両輪”です。頑張った人が正当に報われ(信賞必罰)、その評価の根拠が全員に開示される(オープンブック)。この2つが揃って初めて、スタッフは「この病院で頑張れば報われる」と実感できます。(この具体的な設計、とりわけ業績連動型賞与の組み立て方は、バックナンバー「動物病院の夏ボーナス、いくら支給するのが正解?業績連動型賞与の設計と原資の作り方」で詳しく解説しています。)
ただし、経営者に最も問いたいのは、もっと根本的な姿勢です。
強い機能体組織には、欠かせない条件がひとつあります。現場からの反対意見を、脅威ではなく資源として扱えるか。
優秀な人材ほど、組織のために「それは違うのではないか」と言います。多くは敵対ではなく、愛のあるツッコミです。ところが指導者がこれを「自分への反抗」「メンツへの挑戦」と受け取った瞬間、対話は止まります。プライドや過去の実績が邪魔をして反対意見を封じ込めれば、組織は最も貴重な”現場の知恵”を失います。
(哲学ではこう説明します。方針=テーゼに対し、反論=アンチテーゼが出るのは、組織が健全に機能している証拠です。両者がぶつかり、対話を重ねることで、より高い次元の答え=ジンテーゼが生まれる。反対意見を潰す組織ではなく、反対意見から学べる組織が、最後に勝つ。)
動物病院に置き換えれば、問いは2つです。院長は、勤務医やベテラン看護師の率直な進言を「生意気だ」と受け取っていないか。現場は、ただの不平不満ではなく、ゴールを見据えた建設的な提案として意見を届けているか。この双方向の対話が成立している病院こそ、機能体組織として強いのです。
カリスマ的なリーダーは要りません。必要なのは、現場の声に耳を傾け、アンチテーゼを恐れず、より良い答えを共につくる姿勢です。
5. 表面の実務 —— キャリアビジョンに合わせた「自院のPR」
組織の設計図が描けて初めて、採用実務が活きてきます。
進め方は2段階です。まず母集団を形成し、次にPRで魅力を伝える。母集団形成は、中途即戦力であれば、主に採用サイトへのアクセス数。新卒であれば、学校を訪問して説明会を開く、HPに実習受け入れコンテンツを載せる、リスティング広告で流入を増やす——対象と状況に応じて使い分けます。
思案のしどころは、その次のPRです。伝えるべき魅力は、相手によって変わります。相手のキャリアビジョンに響く軸で語らなければ、どれだけ立派な内容でも刺さりません。対象別に、勘所を整理します。
中途の獣医師 —— キャリアビジョンに合わせて語る
即戦力ほど、自分の将来像に照らして職場を選びます。志向別に打ち出しを変えます。
- スペシャリスト志向(症例を1.5次レベルで深耕したい) 「近隣に大学病院や高度専門病院がないため、当院は診療圏の”最後の砦”として鍛えられる環境です。当院も全力でサポートします」
- 安定志向(開業はしないが獣医師人生を満喫したい) 「業績や生産性ばかりを過度に追求しません。勤務医が長く定着していることが、働きやすさの何よりの証拠です」
- ブランクのあるパート希望 「臨床の知見や手技のアップデートには時間がかかります。しかし飼い主様に寄り添う力は、手技だけでなくEQ(心の知能指数)やコミュニケーションの経験値がものをいいます。飼い主様は、実はそこを重視されます。人生経験を存分に発揮してください」
新卒の獣医師 —— 「これから」を描けるかどうか
実績のない新卒が見るのは、入職後の成長と環境です。育成体制、スタッフ間の人間関係、労働条件の魅力を、具体的に伝えます。
「一年目は、症例ごとにPDCAサイクルを回します。計画を立て、実践し、先輩と一緒に振り返り、次に活かす。任せきりにも、放置にもしません。院内の雰囲気は、実習に来ていただければ一番わかります。数字だけでは伝わらない”働く人たちの表情”を、ぜひ見にきてください」
動物看護師 —— 日常とキャリアの両方を見せる
良好な人間関係、一日のタイムスケジュールがイメージできること、そして看護師としてどんなキャリアアップが描けるか。「働く自分」を具体的に想像できることが決め手になります。
「当院では看護師を”獣医師の補助”とは考えていません。予防管理や飼い主様への説明を任せられる、診療の主戦力です。経験を積めば、後輩の教育やチームのまとめ役といった道も開けます。一日の流れや役割分担は、面談で具体的にお伝えします」
おわりに
採用がうまくいく病院(採用してもすぐに辞めない組織)は、募集が上手なのではありません。「自院をどんな組織にしたいか」という設計図を持っているのです。
土台となる組織論——共同体と機能体の配合、役割分担の設計、反対意見から学ぶ姿勢——を整え、その上に人員計画と採用実務を載せる。スタッフ満足度調査、経営指標の分析、人員計画の立案、採用実務の準備。タスクは多岐にわたります。
これを院長先生おひとりで、日々の診療と並行して進めるのは容易ではありません。だからこそ、最初の一歩は「自院の現在地を客観的に把握すること」。ここに、第三者の視点を上手に活用していただければと思います。
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- 採用のミスマッチだけは避けたい
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- 人材マネジメントに苦手意識がある
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ご相談の流れは、貴院の現状(Subject)をお聞かせいただき、一般的な経営指標(Object)と照らし合わせた上で、第三者としての評価(Assessment)をお伝えするところまで。「自院の人事戦略はどうすべきなのか」「組織論からみた伸びしろはどこにあるのか」が明確になる90分のオンライン経営相談です。
現状を正しく評価できれば、次に何をすべきかが見えてきます。その先の具体的な一手は、ぜひご相談の中で一緒に探りましょう。
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